父親の実家は、代々から続く「融通念沸宗」のお寺。
(融通念仏宗とは、浄土宗の宗派のひとつ、総本山は大阪市平野区にある大念沸寺)
寺院の住職を務めていたのは、私の祖母です。
地元では霊能力者としても有名で、無償で除霊や祈祷を行なうほか、梵字のまじない
符を書いては訪れる人々に渡したり、寺子屋を開いてさまざまな教えを説くなど、多
くの人々の力になっていました。そして叔母もまた、浄霊を行なう霊能者として活躍
していました。
祖母と叔母の影響を強く受けて育ったせいか、私自身も幼い頃から他人には見えない
ものが見えていました。特にその能力が顕著だったのは、中高生時代です。相手の背
後に守護霊らしきものが見えるのはあたりまえのこと。体が透けて黒いものが見える
とガンまたは命にかかわる病気だとわかり、「あの人はもうすぐ死ぬ」ということま
で見えていたのです。
学校からまっすぐ家に帰りたくないときには、近所の墓地で時間を潰していました。
すると、さまざまな霊が現れて、「こっちにお供え物のまんじゅうがあるで」「食べ
食べ」と教えてくれたり、「こんなところでいつまでも油を売ってたらあかんで」
「まだ若いんやから帰って勉強しなさい」と説教されたり……。誰もが怖がる場所
で、とても楽しい時間を過ごしていたこともありました。
しかし、20歳を迎えた頃から、霊の存在が見えなくなり、病気の透視などもできな
くなってしまったのです。当時の私は、占い師としての人気が高まり、十分すぎる収
入を得ていました。それまで興味のなかったブランド品に興味を持ち、買い物三昧の
毎日。ありあまる物欲のせいで、大切な能力を失ってしまった―そう気付いたのは、
数年後のことです。そこから自分を建て直すべく、僧侶と同じような厳しい修行に励
み、占いの勉強にも今まで以上に精を出しました。
その成果あって、20代後半には霊能力を取り戻すことができました。
加えて、相談者のオーラも見えるようになったので、鑑定に活用させていただいてい
ます。